「広報ではそこそこ英語を使えていたのに、IR部門に来た途端、まったく通用しなくなった」
広報(PR)とIR(Investor Relations)は、どちらも企業の情報を外部に発信する仕事です。しかし、求められる英語の質はまるで異なります。
広報時代にプレスリリースの英訳やメディア対応をこなしてきた方ほど、IRの現場で感じるギャップは大きいものです。
本記事では、広報からIRへ転身した担当者が直面する英語の壁を具体的に解き明かし、財務の数字を英語で正確に伝えるための技術と、広報経験を武器に変えるための道筋を解説します。
Contents
広報とIRでは「英語で伝える中身」がまるで違う

広報もIRも英語で社外に情報を発信する点では共通しています。しかし、伝える相手が違えば、英語の使い方も根本から変わります。
まずは両者の違いを「英語コミュニケーションの質」という観点から整理しましょう。
広報英語の本質は「共感」を生むストーリーテリング
広報(Public Relations)の英語は、メディア記者、消費者、地域社会といった幅広いステークホルダーに向けて「共感」と「好意」を引き出すことを目的としています。
新製品のプレスリリースであれば、We are thrilled to announce…のような感情的な表現を用いて興味を喚起し、企業のビジョンをストーリーとして語ることが求められます。
表現の正確さよりも、いかに読み手の心を動かし、記事として取り上げてもらえるかが勝負です。
そのため、広報英語では形容詞や副詞を豊かに使い、定性的な情報を魅力的に伝えるスキルが重視されます。ブランドイメージの向上や認知度の拡大が最終的なゴールであり、数字はあくまで「ストーリーを補強する素材」として扱われます。
IR英語の本質は「判断材料」を渡す数値コミュニケーション
一方、IR(Investor Relations)の英語は、株主・機関投資家・証券アナリストといった資本市場のプロフェッショナルに向けて「投資判断に必要な事実」を正確に伝えることが唯一にして最大の使命です。
彼らが知りたいのは、売上高が前年同期比で何パーセント増減したのか、営業利益率がどのように推移しているのか、そしてその要因は何なのかという具体的な数値とロジックです。
IR英語では、We are excited…のような感情表現はほとんど使われません。
代わりに、Revenue increased 12.3% year-over-year, primarily driven by strong demand in the semiconductor segment.のように、数字・比較・要因を一文に凝縮する構文力が問われます。
曖昧さは許されず、一語の選択ミスが株価に影響する世界です。
同じ英語力でもIRでは通用しない理由
広報出身の方がIRで戸惑う最大の理由は、英語力そのものではなく「英語で何を伝えるか」の基準が根本的に異なる点にあります。以下の表で、両者の違いを整理します。
| 比較項目 | 広報(PR)の英語 | IR(Investor Relations)の英語 |
| 主な対象 | メディア、消費者、一般社会 | 機関投資家、アナリスト、株主 |
| 伝える情報の性質 | 定性的(ビジョン、ブランドストーリー) | 定量的(財務数値、KPI、業績予想) |
| 求められる英語の特徴 | 感情に訴える表現、豊かな形容詞 | 簡潔・正確・論理的な構文 |
| 数字の扱い | ストーリーの補強材料 | コミュニケーションの主役 |
| ミスの影響範囲 | レピュテーションリスク | 株価変動、法的リスク |
TOEIC800点台の英語力があっても、財務諸表を英語で読み解き、投資家の質問に数字で即答するスキルは、広報の現場では身につきません。IRの英語は「別の言語」だと認識することが、壁を越える第一歩です。
広報出身者がIRの英語でつまずく3つの典型パターン
ビズラングルでIR英語を学ぶ受講生の多くが、広報やコーポレートコミュニケーション部門からの異動・転身組です。彼らが最初にぶつかる壁には、驚くほど共通したパターンがあります。
定性表現が抜けないWe are excited to…”では投資家に響かない
広報時代に身体に染みついた「感情ベースの英語」が、IR資料や投資家との対話で無意識に出てしまうパターンです。
たとえば、新規事業について説明する場面で We are very excited about this new initiative.と言ってしまう。
広報のプレスリリースなら自然な表現ですが、海外の機関投資家からすれば「で、具体的にいくらの投資で、いつ黒字化するのか」という情報が欠落しているため、中身のないコメントとして受け流されてしまいます。
IR英語では、同じ内容を We plan to invest approximately ¥3 billion over the next two fiscal years, with breakeven expected in FY2028.と伝えます。感情ではなく、金額・期間・見通しという3つの数値情報を一文に込めるのがIRの作法です。
数字の説明が浅い——前年比・営業利益率を英語で即答できない
広報出身者が最も苦労するのが「数字を英語で語る」場面です。日本語では「前年同期比12.3%の増収」と言えるのに、英語になると Revenue… went up… about twelve percent…と曖昧な表現にとどまり、前年比なのか前四半期比なのか、売上高なのか営業利益なのかが不明確になりがちです。
IRで使われる数値表現には型があります。
Net sales for Q3 came in at ¥48.2 billion, up 12.3% year-over-year.のように、指標名(Net sales)→ 期間(Q3)→ 実数値(¥48.2 billion)→ 変化率と比較基準(up 12.3% year-over-year)の順に述べるのが英語圏の標準です。
この型を知らなければ、どれだけ英語が流暢でも投資家には伝わりません。
質疑応答で沈黙する——想定外の財務質問に対応できない
決算説明会やロードショーの質疑応答(Q&A)は、IR担当者にとって最大の難関です。広報では記者会見の想定問答を用意しますが、その範囲は製品やブランドに関する定性的な質問が中心です。
IRの質疑応答では、What is your ROIC target for the medium-term plan?(中期経営計画におけるROICの目標は?)や Can you walk us through the margin bridge for this quarter?(今四半期のマージンブリッジを説明してもらえますか?)のように、財務指標に関する専門的な質問が矢継ぎ早に飛んできます。
このとき、質問に含まれる専門用語(ROIC、margin bridge等)の意味が瞬時に理解できなければ、回答以前に沈黙が生まれてしまいます。
広報の英語力では対応しきれない、IR特有の語彙力と即応力が必要になるのです。
IRで求められる「数字を英語で語る技術」の基本フレームワーク
広報出身者がIRの英語に適応するためには、個別のフレーズを暗記するだけでは不十分です。
数字を論理的に英語で語るための「型=フレームワーク」を理解し、自分の言葉で応用できるようになることが重要です。ここでは、IR英語の核となる3つの構文パターンを紹介します。
業績の増減を伝える英語の型—increase / decrease だけでは不十分
業績の増減を伝える際、多くの初学者は increase と decrease だけで済ませようとします。しかしIR英語では、変化の大きさや性質に応じて動詞を使い分けるのが常識です。
| 変化の性質 | 使う表現の例 | ニュアンス |
| 大幅な増加 | surged, jumped, soared | 力強いポジティブな変化 |
| 着実な増加 | grew, rose, increased | 安定的・中立的な増加 |
| 小幅な増加 | edged up, inched higher | わずかな上昇 |
| 大幅な減少 | plunged, plummeted, dropped sharply | 急激な悪化 |
| 着実な減少 | declined, fell, decreased | 中立的な減少 |
| 小幅な減少 | dipped, slipped, edged down | わずかな下落 |
たとえば営業利益が前年比30%増であれば Operating profit surged 30% year-over-year.を選び、2%増であれば Operating profit edged up 2%.とする。
この使い分けができるだけで、投資家からの信頼度は格段に上がります。動詞の選択一つで、業績のトーンを正確に伝えられるからです。
比較・要因分析を1文で伝える構文—driven by…attributed to…の使い分け
投資家が最も知りたいのは「なぜその数字になったのか」という要因です。IR英語では、結果と原因を一文で伝える構文が頻繁に使われます。代表的なパターンは以下の通りです。
“The increase was primarily driven by higher sales volume in the automotive segment.”(増加の主因は自動車セグメントの販売数量増加です。)
“The decline was mainly attributed to one-time restructuring charges of ¥2.1 billion.”(減少は主に21億円の一時的な構造改革費用に起因しています。)
driven byは、ある要因が業績変動を「推進した」というダイナミックな因果関係を示す場合に使われます。
一方、attributed to は、結果の原因を「~に帰属させる」という分析的・説明的なトーンで要因を述べる場合に用いられます。
また、primarily(主に)や partially(一部)を付けることで、要因の重みづけを正確に表現できます。この「結果 → 要因」の一文構文を体得するだけで、IR英語のコミュニケーション精度は劇的に改善します。
将来見通しを語る際のヘッジ表現—We expect…と We anticipate…の温度差
IR担当者は業績予想やガイダンスについて語る場面が多くありますが、将来の見通しには不確実性が伴うため、表現の強弱を慎重にコントロールする必要があります。
英語には確度を段階的に伝える「ヘッジ表現」があり、IRではこれを正しく使い分けることがコンプライアンス上も極めて重要です。
“We expect full-year revenue to reach ¥200 billion.” は、社内で高い確度を持って予測している場合に使います。We anticipateはexpectとほぼ同義ですが、予測に基づいて対策や準備を行っているというニュアンスを含みます。
IRの文脈では両者はほぼ互換的に使われることも多いですが、anticipateの方が「見越して準備している」という能動的な姿勢を暗示します。
さらに、We project はデータやモデルに基づく定量的な予測を示す場合に使われ、中期経営計画などの数値見通しに適しています。不確実性が高い場合は We estimateや We believeを用います。
逆に、絶対に避けるべきは We guarantee…や We promise…のような断定表現です。
将来の業績について保証するような発言は、海外のIRルール(米国のSEC規制やセーフハーバー条項等)に抵触するリスクがあります。広報では We promise to deliver…のような力強い表現が好まれる場面もありますが、IRの世界では法的リスクを伴う致命的なミスになり得ます。
広報のスキルはIR英語でも武器になる——活かすべき3つの強み
ここまで広報出身者がIRで苦労するポイントを解説してきましたが、広報で培ったスキルはIRの英語でも大きな武器になります。むしろ、財務畑からIRに来た担当者にはない強みを、広報出身者は持っています。
ストーリーテリング力——エクイティストーリーを英語で構築する
IR活動において近年最も重視されているのが「エクイティストーリー」の構築です。エクイティストーリーとは、自社がなぜ投資に値するのかを、財務データと成長戦略を一貫したナラティブとして投資家に伝える技術です。これはまさに、広報担当者が企業ブランドのストーリーを構築してきた経験の延長線上にあります。
財務畑出身のIR担当者は数字には強いものの、「なぜこの会社に投資すべきか」を感情に訴える形で英語で語ることが苦手な方が少なくありません。
広報出身者は、ここに定量データを組み合わせることで、投資家の心と頭の両方に届くエクイティストーリーを英語で構築できるのです。
メディア対応力——海外アナリストとの対話は「英語の記者会見」
海外の機関投資家やアナリストとのミーティングは、形式こそ異なりますが本質的には「質問に即座に答え、相手の信頼を勝ち取るコミュニケーション」です。
広報時代にメディア対応で鍛えた「相手の質問の意図を瞬時に読み取り、的確に回答するスキル」は、IRのQ&Aセッションでも直接活きます。
広報では記者の質問を正確に理解し、会社としてのメッセージを崩さずに回答する訓練を積んできたはずです。この「メッセージコントロール力」に財務知識を上乗せすれば、海外投資家との対話においても非常に高いパフォーマンスを発揮できます。
危機管理コミュニケーション——業績下方修正を英語で説明する技術
業績の下方修正や不祥事が発生した際、投資家に向けて英語で説明するのはIR担当者にとって最も難易度の高い業務の一つです。このとき求められるのは、事実を正確に伝えつつ、過度な不安を与えない「トーンコントロール」の技術です。
広報のクライシスコミュニケーション(危機管理広報)で培った「ネガティブな情報を透明性を保ちながら冷静に伝える」スキルは、IR英語でも絶大な力を発揮します。
“While we acknowledge the shortfall, we have already implemented corrective measures including…”(未達は認識しており、すでに以下の是正措置を実施しています)のように、問題の認識→対策→今後の見通しという広報のフレームワークは、IR英語のネガティブメッセージにもそのまま応用できます。
広報の英語からIRの英語へ、スキル移行のロードマップ
広報出身者がIRの英語を習得するには、闇雲にビジネス英語を学ぶのではなく、段階的にスキルを積み上げるアプローチが効果的です。ここでは、IR部門に着任してからの90日間を3つのフェーズに分けたロードマップを提示します。

最初の30日—財務三表の英語名称と基本構造を押さえる
最初の1ヶ月は、IR英語の「語彙の土台」を固める期間です。損益計算書(Profit and Loss Statement / Income Statement)、貸借対照表(Balance Sheet)、キャッシュフロー計算書(Cash Flow Statement)の三表について、主要な勘定科目の英語名称を覚えることから始めましょう。
この段階では完璧を目指す必要はありません。売上高(Net sales / Revenue)、営業利益(Operating profit / Operating income)、純利益(Net income / Net profit)、総資産(Total assets)、自己資本比率(Equity ratio)といった最頻出の項目から優先的に押さえていくのが効率的です。自社の決算短信を英訳版と日本語版を並べて読むことで、文脈の中で語彙が定着します。
30〜90日—決算説明会のスクリプトを英語で書いてみる
語彙がある程度定着したら、次のステップは「自分の言葉で英語のIR文書を書く」ことです。最も効果的な練習方法は、自社の直近の決算説明会の内容を、英語のプレゼンテーションスクリプトとして自分で書き起こしてみることです。
この作業を通じて、前述した「数字を英語で語るフレームワーク」を実践的に使うことになります。
業績の増減を伝える構文、要因分析の構文、将来見通しのヘッジ表現すべてが一つのスクリプトの中で必要になるため、個別に学んだ知識が有機的に結びつきます。
書き上げたスクリプトは、IR英語に精通した専門家のレビューを受けることで、独学では気づけないニュアンスの誤りを修正できます。
90日以降—海外投資家との1on1ミーティングに挑戦する
3ヶ月の土台ができたら、いよいよ海外投資家との直接対話に挑戦します。最初は上司や先輩IR担当者が同席する形で構いません。重要なのは、実際の投資家から英語で質問を受け、英語で回答するという「本番の経験」を積むことです。
ミーティング前には想定問答を英語で準備し、特に自社の業績に関する数値は即答できるよう繰り返し練習します。ミーティング後は必ず振り返りを行い、答えられなかった質問やうまく伝えられなかった箇所を記録して次回に備えます。
この「準備→実践→振り返り」のサイクルを3回転ほど回すと、広報出身者の多くが「投資家との英語の対話が怖くなくなった」と実感するようになります。
まとめ—広報出身だからこそIRの英語は伸びる
広報とIRでは、英語で伝える内容も、求められる表現の質も大きく異なります。広報出身のIR担当者が「英語の壁」を感じるのは、能力が不足しているからではなく、広報とIRで求められる英語のモードが根本的に違うことに原因があります。
しかし、広報で培ったストーリーテリング力、メディア対応力、危機管理コミュニケーションのスキルは、IR英語においても他の誰にもない武器になります。そこに財務の語彙と数字を英語で語るフレームワークを加えれば、広報出身者は「数字とストーリーの両方を英語で語れる」希少なIR人材へと成長できるのです。
大切なのは、一気に完璧を目指すのではなく、30日・60日・90日と段階的にスキルを積み上げていくこと。最初の一歩として、まずは自社の決算短信の英訳版を手に取るところから始めてみてください。
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